IFRS 17 と Solvency II

保険業界における規制と会計基準の収斂

トーステン・ハイン(Thorsten Hein)、グローバル保険業界コンサルタント、SAS

2016年1月に欧州連合(EU)で施行されたSolvency IIに加え、もう一つの規制がまもなく保険業界の様相を一変させることになります。国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board: IASB)が発行したIFRS第17号「保険契約」(以下「IFRS17」)がそれです。

IFRS17の目的は、以下の点について透明性と比較可能性の高い情報を提供することによって財務レポーティングを改善することです。

  • 保険契約が財務パフォーマンスに及ぼす影響
  • 保険引受サービスや契約者の保険料を原資とする投資活動を通じて保険会社が損益を計上する方法
  • 保険契約を発行した結果として保険会社が晒されるリスクの性質と範囲

IFRS17(2022年に強制適用が開始予定)では、幅広い財務指標の算定と開示に関して、追加の要件が導入されます。

その目標は、「明確に記述された原則に基づく、高品質で理解可能な、強制力のある国際的に認められる財務報告基準」を確立することを通じて、部門(セクター)、地域、商品に関係なく、保険会社の財務諸表の透明性と比較可能性を改善することです。

同様に、Solvency IIの目標は、共通の規制フレームワークを確立することを通じて、EU域内で事業を行う保険会社向けの自己資本充実度およびリスク管理の基準を維持管理することです。IFRSとSolvency IIの狙いは、会計および規制の観点から、外部のステークホルダーに対する比較可能性と透明性を促進することであり、それは現状の保険レポーティングを特徴づけている「実施手法や指標に関する相違が目立つ状況」とは対照的です。

明確で透明性の高いコミュニケーションは、ステークホルダーが規制/法定レポーティング要件の変更内容を把握する取り組みを助け、報告に対する信頼感を高め、株価や格付に対する悪影響の軽減に役立ちます。

Solvency IIとIFRS17:相違点と類似点

相違点

これらの変更を実装しようとする保険会社にとっては、2つの規制フレームワークの間の相違点を理解することが重要です。

  • Solvency IIは、保険会社が提供する価格設定や特長という観点からの “保険商品の競争力” につながるものであり、「保険契約者保護およびソルベンシー資本要件(SCR)のレベルの強化」に重点を置いています。それに対し、IFRS17が目指しているのは、「あらゆるタイプの保険(および再保険)契約に対して統一の会計基準を適用することと、保険業界が従う諸基準との間のギャップを縮減すること」です。また、IFRS17に基づくレポーティングでは、厳格な開示要件のおかげで透明性も向上します。
  • Solvency IIは流動性プレミアムだけでなくリスクフリー・レート(無リスク金利)も規定していますが、IFRS17の下では、流動性プレミアムに関してそのような制約は一切ありません。
  • どちらの規制でも原則主義のアプローチが採用されていますが、Solvency IIの指標群はIFRS17のそれらと比べ、より指示的かつ包括的です。
  • 利益は、Solvency IIの下では保険契約の開始時点で即座に認識されますが、IFRS17の下では個々の保険契約の契約期間全体を通じて認識されることになります。
  • Solvency IIの場合とは異なり、IFRS17に基づくキャッシュフローでは一般間接費が認められません。

類似点

2つのフレームワークには類似点もあります。保険会社が両方の指令を実装するためのアプローチを開発する際は、それらを慎重に検討する必要があります。

  • Solvency IIとIFRS17はともに、ビジネスにおいて直面するリスクを保険会社自身が評価および管理することを強調しています。どちらの指令も、狭義的および指示的なルールから決別し、より幅広く、よりリスクベースおよび原則ベースの度合いを強めた規制アプローチを採用しています。
  • 資産と負債については現行の価値評価アプローチを使用する可能性が高いことから、現行の基準と比べ、財務諸表のボラティリティ(変動性)が増大すると予想されます。
  • 予想将来キャッシュフローには、最良推定ベースの手法が使用されます。使用される割引率は、リスクフリー・レートと流動性プレミアムの合計です。

連携調整型アプローチがもたらす相乗効果

要件が著しく重複していることを考えると、両方の指令の実装に対して連携調整型のアプローチを採用することは、保険会社にとって意味があります。どちらのフレームワークにも規制/財務レポーティングの一貫性に関する要件はありませんが、両フレームワークの間には、測定要件および開示要件の両方において多大な重複が存在します。

パフォーマンス管理に関する変更

両規制に類似点が多いことを踏まえると、保険会社がビジネスを効果的に管理していくためには、Solvency IIとIFRSの相違点に対する理解度を改善する必要があるでしょう。例えば、Solvency IIにおける最大の重要事項は、収益性管理ではなく自己資本充実度です。この課題の克服にあたっては、財務部門の支援を仰ぎ、IFRS17の「要約マージン」アプローチと、Solvency IIの下での損益属性との違いを説明してもらうことができるでしょう。
事業計画モデルや予測モデルに関しては、新しい外部向けレポーティング要件や、可能性のある投資および買収を評価するためのモデルと連携させることが必要になります。移行期間中は、アナリストも含めた外部のステークホルダーに対する情報提供と啓発が大きな課題になるでしょう。明確で透明性の高いコミュニケーションは、ステークホルダーが規制/法定レポーティング要件の変更内容を把握する取り組みを助け、報告に対する信頼感を高め、株価や格付に対する悪影響の軽減に役立ちます。

システムとデータに対する影響の最小化

どちらのフレームワークでも、保険会社はデータの品質・統制・管理に投資することが必要になります。企業グループ全体レベルの法定/規制レポーティングのために業務部門/事業部門から収集されるデータの内容と構造は、著しく変わることになります。この変化に対処するためには、グループ全体レベルの財務連結およびレポーティング・システムに大々的な変更が必要になるでしょう。
さらに、主要な財務諸表や開示情報を変更する場合、その影響はグループレベルおよび業務部門/事業部門レベルの総勘定元帳や勘定科目一覧表にも及ぶことになります。また、移行期間中に行うIFRS 4およびIFRS17の並行レポーティングをどのソリューションでサポートするかを検討することや、Solvency II、現地のGAAP(一般会計原則)、現地の規制(必要な場合)に基づくレポーティングを継続的に提供することも必要になります。
IFRS17のデータ要件はSolvency IIのそれと似ており、IFRS 4に見られた潜在的なデータギャップの多くが解消されています(例:将来の保険料、保険加入の利点、オプション、保証をモデル化するためのデータ)。Solvency IIも保険会社に対してデータの品質・統制・管理に投資することを求めますが、その詳細は異なります(例:ポートフォリオ、保険契約の境界線、保険料の分解といった概念の定義)。この領域での重要な課題は、これらの様々なタイプのデータを利用できる環境を整備することと、両フレームワーク間の「キャッシュフローへの入力に関する相違」に対応できる柔軟性を備えたシステムを確保することでしょう。

プロセスとガバナンスに関する考慮事項

IFRS17の下では、会計ポリシーを標準化する必要があるほか、コンプライアンス・プロセスが監査可能である状態(=可監査性)を確保する必要もあります。IFRS17では、監査の円滑な承認を促進するために必要不可欠な文書のガバナンスおよび品質に関する基準が引き上げられています。しかし保険会社は、ポリシー、前提条件、算定方式に関して、Solvency IIにおけるガバナンスおよび統制フレームワークに準拠する必要もあります。

レポーティングと情報開示に関する相違点

保険会社がレポーティング基準や情報開示基準に関して、両方の規制の要件セットに対応できる共通アプローチを計画する際は、十分に注意する必要があります。IFRS17とSolvency IIは似ていますが、実装時は複数の課題に直面することになるでしょう。組織のリスク・プロファイルのレポーティングに関しては、IFRS17とSolvency IIで別々のアプローチを検討することが必要になるかもしれません。そのような違いを見抜いて適切に対処するためには、保険事業に対してだけでなく、会計、レポーティング、情報開示に対しても、成熟した理解が必要になるでしょう。

今後の課題

IFRSとSolvency IIは、規制の詳細(契約の識別、計算のアプローチ、報告すべき指標、責任の所在など)は異なりますが、その一方で、データや管理構造、プロセスの可監査性とトレーサビリティ、支援システムに関する基本要件は似通っています。どちらの規制でも、統合フレームワークを用いて、「最も上流から最も下流までのプロセスを包括的にサポートするアプローチ」を実装することが必要不可欠です。統合型のアプローチは、IFRS17とSolvency IIの両方において、対外/経営/規制レポーティングの間のリコンサイルを最良の方法でサポートするためにも必要になります。
残念ながら、まだSolvency IIの実装を完了していない組織は、これらの相乗効果がもたらすメリットを享受することができません。また、IFRS17に取り組む際には、さらに大きな実装課題に直面する可能性が高いでしょう。


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