CECLとIFRS9:新たな財務基準に関する課題

トム・キムナー(Tom Kimner)、グローバル・プロダクト・マーケティング&オペレーションズ責任者、リスク管理部門、SAS

米国の財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board: FASB)は、2016年6月に「金融商品 – 信用損失(トピック326)」に関する会計基準アップデート(Accounting Standards Update: ASU)を公表しました。これは、2014年に国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board: IASB)が世界に向け、IAS 39を置き換える新しい基準として「IFRS9 金融商品」を発行したことで始まった、“グローバル規模の会計基準改革” の第2段階でした。

この更新されたガイダンスでは、信用損失の測定に「現在予想信用損失の推計値」を用いることを規定していますが、これは、長年続いてきた従来の「発生損失モデル」からの相当に大きな変更を意味します。例えば、発生損失モデルの場合、損失が認識されるのは、損失の可能性がある閾値に達した場合のみでした。このモデルに関しては、多くのアナリストが「将来の潜在的な損失の認識とそれに対する引当が手遅れになってしまうため、金融危機の発生時に悪影響が出る」と指摘してきた経緯があります。

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米国の基準である現在予想信用損失(Current Expected Credit Loss: CECL)は、いくつかの重要な点で国際基準のIFRS9から逸脱していますが、改訂後の2つの会計基準は1つの重要な特長を共有しています。それは「予想損失の計算は今や、融資の全期間に基づいて行われる」という点です。この変更は、影響を受ける資産の信用減損を増大させるため(35%も増大すると推定している人々もいます)、その結果として引当金支出が増加し、資本に悪影響が及ぶことになります。

金融機関は、ストレステストに用いる引当金モデルが会計基準の策定ペースに決して後れをとることのない業務体制と、複数のテスト業務の間で前提条件の一貫性が常に維持される業務体制を確保しなければなりません。

不確実性への対処

IFRS9とCECLは、いずれも基本的に原則主義です。そのため、合意が形成され、より明確なガイダンスが提示された場合には、実装ガイドラインが変わる可能性もあります。こうした両基準の進化的な性格を踏まえると、金融機関は、IFRS9やCECLの引当金準備方式に移行する前に、より多くの時間をかけてモデル開発サイクルを繰り返し回すことになる可能性があります。

IFRS9やCECLの策定作業は、金融機関における継続的なストレステスト業務と同時並行で進められるため、フルセットのレビューが完了していない暫定的な引当金モデルをストレステストに含めることが必要になる可能性もあります。また、分散管理型のソリューション環境の場合には、ストレステストの実施に使われる方法論やモデルがIFRS9またはCECLのモデルと同期しない状態になると、追加のモデルリスクが発生する恐れがあります。金融機関は、ストレステストに用いる引当金モデルが会計基準の発展ペースに決して後れをとることのない業務体制と、テスト業務の間で前提条件の一貫性が常に維持される業務体制を確保しなければなりません。

さらに、「残存期間にわたる損失」のためのモデルは、これまでのストレステストには不要だったデータに依存する可能性もあります。最近の調査レポート「Stress Testing: A View from the Trenches」(ストレステスト:最前線から見た現状) によると、調査対象の銀行のうち、ストレステスト向けの統合データ・リポジトリを導入済みの銀行は17%にすぎません。この結果が示唆するのは、多くの銀行では、IFRS9またはCECL、およびストレステストに必要な財務データとリスクデータを統合する必要性および頻度の増大に対応していくための準備が整っていない、ということです。こうした状況では、分析担当者は必要なデータの取得を常にアドホック(非定型)な方法で実行することになるため、データの整合性/完全性が損なわれるリスクが生じます(ストレステストの期日を守るために急いで作業する場合などは特に、そのリスクが高まります)。金融機関は、ストレステストに使われるデータが、IFRS9およびCECL向けのモデル開発に使われるデータと常に連動している状態を確保しなければなりません。

課題への対応

規制遵守と財務基準に関する要件の変化に対応していくためには、複数の領域を横断した集団的かつ包括的な手法を用いてこれらの課題を解決する方法に目を向けなければなりません。さもないと、コンプライアンスの総コストが重荷となりかねず、特に組織の様々な部分で冗長な(=重複する)プロセスの開発に取り組むことになる場合は深刻です。

財務データとリスクデータの統合は、金融機関の組織全体に数多くのメリットをもたらします。ストレステストと引当金推計に共通のデータ・リポジトリを使用すると、監査やリコンサイルに関する課題や、モデルのリスクが大幅に低減します。また、複数のプラットフォームを管理する負担も軽減します。

損失モデリングおよびストレステストのプロセスは、頑健性と柔軟性を兼ね備えていなければなりません。これらのプロセスは、引当金モデリングの動的な要件変更に対応できる必要があると同時に、ストレス下における自己資本充実度評価に対する規制当局の精査に耐えうる適切な統制を維持できる必要もあります。金融機関の関係者であれば、ストレステストと引当金推計に関するプラットフォームを整理統合することが、こうした目標を達成するための最適な基盤の実現につながることをご理解いただけるでしょう。

一元管理型のモデル・ライブラリは、ストレステスト・プロセスに対するガバナンスだけでなく、引当金モデルの開発やテストの進捗状況に対するガバナンスも維持できる構造を提供します。また、適切なモデル・バージョン管理機能により、経営陣はストレステスト・プロセスへの新しいモデルの組み込みについて監督力を維持し、情報に基づく意思決定を行うことができます。

さらに、柔軟なモジュール方式のモデル・ライブラリには、感度テストを促進する効果もあります。このテストは、IFRS9とCECLの策定サイクルが進む中で生じる「モデルや前提条件の変更」がもたらす多大な影響を理解するための手段として、重要性が高まりつつあります。

感度テストでは、モデル・コンポーネントの入れ替えを繰り返すことで、モデルのバージョン間でパフォーマンスを比較することができます。また、モデルの改良がストレス下のバランスシートに及ぼす総合的な影響を定量化することも可能です。感度テストは、ストレステストの重要な構成要素であるトレンド特性分析のための効果的な手段でもあります。更新されたモデル・コンポーネントを用いて以前のストレステストを再実行すること(あるいはその逆)により、継続的なモデル開発努力がストレステストの結果にもたらした効果を定量化することができます。

規制ストレステストおよび会計基準における変更は、歴史的に独立して活動してきたリスク部門と財務部門がさらなる連携と協働に取り組まざるをえない状況を生み出しています。緊密な協力関係とデータ共有の重要性は、新しい会計基準の施行日が近づくにつれ、ますます高まっていく一方だと思われます。また、規制と会計のコンプライアンス対応業務に関しては、部門間の境界の曖昧化がどんどん進んでいますが、それと並行する形で、様々な業務機能の相互依存性がますます高まっていくことでしょう。

IFRS9およびCECLへの移行は、財務面と業務面で数多くの課題を金融機関に突き付けますが、状況をさらに複雑にしているのは、膨大な数の実装要件の詳細が今後も幅広い解釈に左右され続けることです。金融機関は、その時々で速やかに適応できる柔軟性をもって、これらの課題に総合的に対処していかなければなりません。規制当局や投資家は「銀行が自行のポートフォリオに潜むリスクを効果的に評価・管理している」ことを確認できる必要があります。金融機関はデータとモデルの管理に対する適切に統制されたアプローチをプロアクティブに導入することでこそ、「これらの重要な課題を現在だけでなく将来にわたって管理するためのプロセスが整備されている」という確信を醸成することができるのです。


トム・キムナー(Tom Kimner)

トム・キムナー(Tom Kimner)は、SASのRisk Research and Quantitative Solutionsディビジョン内のRisk Marketing and Operations領域の責任者です。リスク管理ソリューションに関する総合的なマーケティング計画の実行と、リスクの優先順位やオペレーションの世界規模での調整を担当しています。SASに入社する前は、キャリアの大部分をFannie Mae(米国の連邦住宅抵当公庫の通称)で過ごし、幅広い上級管理職の役割を歴任しながら、信用リスクや財務リスクをより効果的に管理するための企業向けイニシアチブの陣頭指揮を執っていました。また、住宅金融の規制当局やワシントン州のシンクタンクにも勤務していました。米下院金融サービス委員会で証言した経験があるほか、リスク関連のカンファレンスやその他のSAS主催イベントで定期的に講演を行っています。


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本ホワイトペーパーでは、これからの金融サービス事業の円滑な運営には新世代のモデルリスク管理機能が不可欠である理由を、規制遵守と意思決定という2つの目的の観点から探ります。

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