色鉛筆と絵で顧客を理解する
執筆:エディー・ユーン(Eddie Yoon) The Cambridge Group
CEOの中には、顧客と直接やり取りすることが大好きな人たちがいます。NBA(全米プロバスケットボール協会)に属するチーム、ダラス・マーベリックスのオーナーであるマーク・キューバン(Mark Cuban)氏は、アップル社のスティーブ・ジョブズ氏と同様、電子メールで顧客に直接対応することで有名です。筆者の知人にも、ある大手飲料メーカーの元CEOで、消費者と直接やり取りするのが大好きな人物がいます。彼はフォーカスグループ・インタビュー(市場調査のための集団インタビュー)を見ていると、自分を抑えることができませんでした。しばらくはマジックミラー越しに様子をうかがっていますが、突然、会議室に入ってきて、参加者たちと直接話し始めるのが常だったというのですから、社内の市場調査担当者は戦々恐々だったでしょう。
残念ながら、多くのCEOは顧客と直接触れ合う機会が限られており、企業が顧客から受け取るフィードバックの多くは、3つの理由であまり役に立っていません。第1に、フィードバックが多すぎると巨大な伝言ゲームのようになってしまい、フィルターを通さない生の声がCEOまで届くかどうか疑わしくなります。第2に、消費者調査ではしばしば、情報の深さと対象の幅広さを天秤にかける必要が生じます。あなたなら、少数の特別な消費者に対するインタビューを撮影した、理解しやすく、感情が表れていて、本物とわかるような、民族誌学的な手法にもとづくビデオ映像から得られるデータを信用するでしょうか?
それとも、たとえそのデータが一面的であり、場合によっては解釈が難しいものであったとしても、数千人の顧客から集約されたデータの力の方を信用するでしょうか?第3に、データは提供元の部署や部門(例えば、マーケティングや研究開発など)によって細分化していることがあり、そのような場合は次に何をすべきかを総合的な観点から把握するのが難しくなります。
消費者に問いかける質問は通常の調査と同じですが、絵を使って答えてもらうのです。
この問題に対する1つの解決策は、クレヨンや色鉛筆で描いた絵を用いて、CEOが顧客の本当の意見を把握できるように支援することです。筆者らはこれを「心理学的作画(psychological drawings)」と呼んでいます。消費者に問いかける質問は通常の調査と同じですが、絵を使って答えてもらうのです。消費者には単純な指示を出します。例えば、「あなた自身ではなく、この特定の問題や課題を抱えている誰か別の人の絵を描いてください」、あるいは、「Xというブランドに対するイメージを絵にしてください。ブランドXを擬人化して、考えたり話したりできると想像してみてください」といった感じです。消費者が描く絵は、たとえ自分には絵心がないからと謙遜する人々によるものであっても、実に衝撃的です。この結果は、筆者らのクライアント企業のCEOに衝撃を与え、戦略に関する考え方の大転換を促す可能性さえあります。
例えば、大手の製薬会社は、ある市販薬に対する消費者の信じがたいほどのロイヤルティが、製品の効能やブランド力とほとんど無関係であることを発見しました。描かれた絵から明らかになったのは、最もロイヤルティの強い消費者たちは、その製品が実際に効くと信じているわけではなく、自分の病状を改善したいと必死になるあまり、効かないのではと疑いながらも、使用を中止するのを恐れているという事実でした。ある消費者が描いた絵は、このブランドが人間だったとしたら密かに考えていただろうことを白日の下にさらけ出しました。「ええ、私の効能は微々たるもので、コマーシャルは誇大宣伝だし、販売実績も損益分岐点ぎりぎりです。しかし、あなたには選択の余地がないですよね。私を使うのを止めてはいけません。そんなことをしたら罰が当たりますよ」──。しかも、彼女がこの絵を描いたのは、あるフォーカスグループのミーティングで2時間にわたってブランドへのロイヤルティを語った直後のことだったのです。
上級管理職たちはショックから我に返ると、「顧客を人質に取ること」が会社の望む消費者戦略ではない、という結論に速やかに至りました。問題の薬は治療ではなく予防にこそ効果がある点を強調する方が説得力を持つこと、また、人体の別の部位に対する効能の実証に重点を移すべきであることを認識したのです。そして、臨床研究の方向性を転換し、人体の新たな部位への効能を改めて示すことに成功し、その結果として、収益の観点でも消費者のロイヤルティの観点でも、大幅に実績を伸ばすことができました。
心理学的作画が強力な手段となり得るのは、消費者の生の声を表現するからです。フィルターは一切かかりません。描かれる絵は、従来の調査手法では消費者がほとんど明かすことのない生の感情を含むことが多いため、強烈で個人的な本音を表す可能性があります。こうした絵の中でも最良の例は、実に生き生きとしていて、強烈な印象を与えます。数字やテキストを羅列したPowerPointの典型的なプレゼンテーションよりも、はるかに説得力に富むことが多いのです。
ある大手メーカーでは心理学的作画によって、ずっと見て見ぬふりをしてきた、長年にわたる品質問題を的確に把握することができました。何枚もの絵を見ることで、価格設定戦略がやり過ぎだったことに気づいたのです。こうした顧客からのビジュアルなフィードバックを受け止めた同社では、研究開発の優先順位と予算配分を大きく転換しました。また別の例では、CEOが顧客の絵を見た結果、汎用品化が進み、事業としては行き詰まっていると思い込んでいた事業部門の製品が、実際には相当な規模の消費者から熱い支持を受けており、大きな潜在需要が見込めることを認識しました。筆者の経験では、心理学的作画がCEOを飛び越え、取締役会に影響を及ぼした例もあります。心理学的作画は、どれほどつたない絵でも戦略に大きなインパクトを与え得る、という実例を生み続けています。
筆者らが消費者に心理学的作画を描いてほしいと依頼するときには、効果を高めるために2つの条件を守っています。第1に、調査の対象を「スーパー消費者」、つまり、商品情報に精通し、企業にとって収益性が高く、周囲に大きな影響力を持つエリートグループに属している消費者に限定します。これにより、経営幹部が特定の消費者が示した見解の価値に疑問を呈し、不都合な情報を排除しようとする傾向に歯止めをかけることができます。第2に、この調査は計画段階から意図的に部門横断で、つまりマーケティング、販売、研究開発、製造などの各部門に参加してもらって実施するようにします。調査の結果は重要な戦略変更につながる可能性があるため、すべての関連部門から代表者が出席していることが重要なのです。