コグニティブ・コンピューティングとは?
執筆: アリソン・ボーレン(Alison Bolen)、「SAS Insights」編集者
自動運転車からパーソナル・アシスタントまで、私たちは既に、読む、書く、話す、見る、聞く、学習するといった能力を持つ機械を目にしています。しかし、コグニティブ・コンピューティングには、「機械に(人間的な)理解は可能なのか?」という大きな疑問が常に付きまといます。機械が真にインテリジェントな存在となるためには、人間が発した言葉を認識するだけでは不十分であり、相手が何を求めているかを解釈した上で、状況に即した支援を提供できる必要があります。
「このところお話ししたお客様のほとんどが、コグニティブ・コンピューティングについて簡潔な説明を求めていました」と話すのは、SASでアナリティック・サーバー研究開発担当副社長を務めるオリバー・シャーベンバーガー(Oliver Schabenberger)です。「顔認識のレベルを超え、知的労働の代替となる機械へと進化しつつある現状を描く記事を多く目にします。しかしそれを読んでも、本質は分かりません」
同氏によると、コグニティブ・コンピューティングは人工知能(英語)、機械学習、自然言語処理(英語)などのソフトウェア・テクノロジーを含む広大な領域であり、これらのテクノロジーを束ねてビジネスや個人に何らかの支援を提供しようとする取り組みです。同氏による定義は次のとおりです。
コグニティブ・コンピューティングとは、人間が行うような特定のタスクをインテリジェントな方法で実行するために機械学習手法を利用する自律学習システムです。
これは確かに簡潔ですが、もう少し詳しい説明が必要と思われる重要なポイントがいくつか含まれています。
- 自律学習:システムが、最初は人間の指示を受けるものの、その後は人間が継続的に与えるデータにもとづき自力で幅広い情報を学習していくことを意味します。
- 機械学習手法:モデルの構築を自動化することにより、システムがデータから反復的に学習し、隠れた洞察を発見できるようにする手法です。人間が探索対象を明示的にプログラミングすることはありません。
- 人間が行うような特定のタスク:システムが対象を分類・理解でき、かつ、人間の言語を認識できることを意味しますが、実行できるタスクは高度に専門特化されます。例えば、クルマを運転する目的で設計されたシステムにオイルの交換やガレージの清掃をさせることはできません。
- インテリジェントな方法で:システムが、テキスト、音声、ビデオなどの入力を理解できる機能のみならず、人間が利用可能な出力を推論および生成できる機能も備えていることを示します。
SASのアドバンスト・アナリティクス研究開発担当シニア・ディレクターのサラテンドゥ・セティ(Saratendu Sethi)によると、コグニティブ・コンピューティング・システムは、課題の学習から解決までをプログラミングできるため、法曹、医療、金融、マーケティング、カスタマー・インテリジェンスなど数多くの業種に「破壊的な」変革をもたらします。
コグニティブ・コンピューティングの実例
セティ氏は、医療分野のコグニティブ・アナリティクス・アプリケーションについて説明してくれました。例えば、目が真っ赤で高熱の患者が救急外来に運び込まれたとします。重症度の選別を行うトリアージ・ルームのコグニティブ・システムは、患者のバイタル(脈拍、呼吸、血圧など生命維持上の基本情報)を分析し、病歴や渡航歴との相関も考慮しながら、普通のインフルエンザなのか、ジカ熱なのか、あるいは他の病気なのかを高い精度で予測することができます。
この活用例が示すように、コグニティブ・テクノロジーは、人間の世界を把握し、兆候を察知し、何が起こっているかを理解することができます。ただし、狭い範囲の重要なタスクを遂行できるようにコンテキストを高度に絞り込んでやる必要があります。
「多くのコグニティブ・システムが目標としているのは、人間の支援なしに人間を支援することです。しかし、ここで重要なのは、自動化システムの支援を受けるのは誰かを考えることです」(シャーベンバーガー)。上記の活用例では、患者と同程度に医師や看護師も支援を受けています。
同様に、カスタマー・サービスへの電話を処理するロボットも想像できるでしょう。ただし、この場合は、既存のカスタマー・サービス担当者がコグニティブ・コンピューティング・アプリケーションからインテリジェンスの提供を受けることによって、応対中の顧客に対するオファーやサービスを改善できるという側面が強い、とシャーベンバーガーは指摘します。つまり、この場合、支援を受けるのはコールセンターの担当者です。もちろん最終的には、顧客が受ける支援自体も向上します。
人間が介在しなくても信頼性の高い支援を人間に提供できるようになるまでには、まだ多くのステップを経なければなりません。しかし、その歩みは既に始まっています。多くのアプリケーションの利用シーンの背後では、既にコグニティブ・システムが人知れず機能しています。例えば、Googleで検索したり、Siriとやり取りをしたりするたびに、機械学習やコグニティブ・テクノロジーがそれを支えているのです。
コグニティブ・コンピューティングが仕事に及ぼす影響
「コグニティブ・コンピューティングを通じた自動化は、あらゆる業種に影響を及ぼすことでしょう。ただし、過去のほとんどの産業革命的な時期では、より価値の高い仕事に従事する労働者が増加したものの、仕事そのものが純減したことはありませんでした」(シャーベンバーガー)。
法曹界では既に、膨大な判例集を検索して重要な判例を発見する目的でコグニティブ・コンピューティングの活用が進んでいます。これは以前なら何週間あるいは何ヶ月もかかるプロセスでした。しかし、この作業が済んでも、法廷活動や訴訟手続きのためには依然として弁護士やパラリーガル(助手)が必要です。
「これまで私たちは産業オートメーションの時代を経験してきましたが、コグニティブ・コンピューティングは知識オートメーションと言えます。過去には、テクノロジーが筋肉、つまり肉体労働に取って代わりました。今では、頭脳労働に取って代わりつつあるのです」(シャーベンバーガー)。
コグニティブ・コンピューティングを最大限に活用するには?
コグニティブ・コンピューティングは多くの点で、既存のアナリティクス・プロジェクトの自然な延長線上にあります。ビジネスリーダーにとっての課題は、どのような領域でコグニティブ・コンピューティングをビジネス課題に適用できるかを特定することでしょう。
コグニティブ・コンピューティングからメリットが得られる領域を組織内で見つけるためには、大量のデータがある領域や、意思決定の高度な自動化が求められている領域、あるいは、ビジネスルールの数を絞り込みながらパーソナライズの質を高めることが必要な顧客対応領域がどこであるかを検討すべきです。先の例が示すように、最も大きな効果が得られるのは、顧客ではなく従業員を支援するような領域でしょう。あなたの組織において、データ活用によって自動化や簡素化が可能となる業務やシステムはどこでしょうか?
「コグニティブ・システムの潜在的な用途は幅広く、多様で、豊かであり、想像力次第です」と話すのは、IDC社でカスタマー・インサイトおよびアナリティクス担当プログラム・ディレクターを務めるジェシカ・ゲッフェルト(Jessica Goepfert)氏です。「コグニティブ・システムが作動している場所ではどこでも、労働者や組織は、より高度な情報、インテリジェンス、自動化によるメリットを期待できます」1
テキスト、音声、画像に関するこうした最新かつ高速な処理機能により、基本的にはデータソースの数が増え、コグニティブ関連の要素によってアナリティクス・プロジェクトの幅が広がることになります。「顔認識、テキスト認識、画像認識の出力は全て、アナリティクス・アプリケーションの入力となります」(シャーベンバーガー)。
人間からの入力にディープ・アナリティクスを適用し、ニーズを予測して人間が利用しやすい出力を自動生成することができる領域はどこでしょうか?この質問への答えを見出すことができれば、コグニティブ・コンピューティングのメリットを享受することができるでしょう。
1 IDC社のプレスリリース、2016年3月8日、「Worldwide Spending on Cognitive Systems Forecast to Soar to More Than $31 Billion in 2019, According to a New IDC Spending Guide」(コグニティブ・システムへの支出が2019年には全世界で310億ドル以上に急伸する見通し ~最新のIDC支出ガイドの予測より~)、http://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS41072216